お客様日記⑨大晦日の涙色

紙袋六良の小話
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大晦日は僕のようなヘボドライバーでも売り上げが作れる忙しい一日になる。

病院へ向かう人もいれば、家へ急ぐ人もいるし、紅白歌合戦の時間が近づけば買い物帰りのお客様も増えてくる。

けどね

大晦日が一番、色々な人に出会ってしまう日でもあると思うんだよね。年内最後の出勤を嫌なお客様で迎えたなと思った僕が、そのお客様に出会うまでに無線対応する事数回。

午後9時ごろに呼ばれた無線で向かった先に、僕が苦手とする若い女性が立っていて、こちらを見て手を挙げていた。何かを振り切ろうとするように、僕の運転する車に足早に近付いてきた。

恋人同士の喧嘩かな?

こんな事を頭の中で考えながら、ハザードランプをつけてゆっくり停車した。すぐに乗り込んだ女性をみてやっぱり喧嘩だなと思って、対応に悩みそうになったんだ。

 

暗闇の中から誰かが近づいて来て、小声でお客様に何か話しかけていた。恋人同士の喧嘩かも知れないと思った僕はすぐにカギを閉めていたので、お客様と男性のやり取りが終わるのを待ったんだ。

この空気が気まずくて、行先は近くの駅でお願いしますと何度もお祈りした。

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家族と喧嘩になったお客様

お客様が話し合っている相手はお父さんのようだった。

近所の目を気にしているらしく、小声で力ない言葉をお客様に掛けては断わられ空気が重いまま車を出さざるを得なかった。
お父さんが助手席の窓をノックし最寄り駅へ出してくれと言われたが、お客様は後ろに座る女の子だから、軽く会釈して濁すしかなかったんだ。

紙袋六良
紙袋六良

大丈夫ですか?少し落ち着いてから車を出すか決めましょうか?

声を掛けるとお客様は大丈夫だから川崎へ向かってほしいと僕に言った。

後部座席の窓を少し開けた女性がもうこんな家には帰らないと言ったのが聞こえて悲しくなった。それと同時にいくらかお金を投げ出したお父さんの行動が痛々しかったから。

高速を使って川崎市内に向かわなければいけない僕は、かける言葉を探せないままお客様が泣きながら電話する車内で何を思えばいいのだろうか?

全部失くしたと泣いたお客様

車内で涙ぐむお客様や、泣いてしまうお客様は苦手ではない。

【もう全部なくなった】

そう電話しては泣いているおんなのこは流石に重かった。事故防止のためにちょっとだけ開けている窓を閉め、緊急放送用の為に流しているラジオを切った事しか対応も出来ず、ナビを見ては間違えたくないなと思いながら無言のまま高速へ乗り込んだんだ。

その間もずっとさみしい声で友達に今日あった事を電話しては泣いて、少しだけ家族に対して怒って、僕が過ごした人生の失くしたものシリーズを思い出させるワードをお客様は見えない誰かに向かいずっと話し続けた。

【家族も信じられない】

【ニートなんて理解出来ない】

【私だって辛かった】

【会社も辞めた】

【全部失くしちゃったよ】

「ねえ? 面白い話してよ」

電話越しの相手に面白い話を求めて泣いているおんなのこは、僕が先に過ごした体験をこれからして生きていくのかも知れないな。

そう考えたら僕も悲しくなる。

思い出したくない事なんて誰にでもあると思うけれど、そんな体験をしなくてもいい人までする必要なんて無いからね。

僕は真っ暗闇にともる街灯を眺めては彼女に話しかけるのか?このまま黒子のタクシードライバーとして目的地を目指すのか?

答えは沢山知っているのに第三京浜と言うまっすぐな高速道路を川崎へ向けて走っている。

【本当に失くしてから気付いたらダメだよ】

僕は何度も何度も涙するお客様へ向けて心の中で思っていた。

辛いよね。寂しいよね。

けれどそれは自分物語なだけなんだ。自分以外の視点から物語を見ることから無くさない為の答え探しがあるんだよ。

ありえないミスをした僕物語

出口に近づいて残り5キロほどの距離まで来た。

高速を降りてポンコツナビ通りに車を走らせたら、何故か僕は高速に乗ってしまった。不慣れな道だったからナビが間違ってる事に気付いたのは料金所を通過してからだった。既にいろいろ僕も悩んでしまってこのまま走るのは危険だと思い、料金所脇のスペースに停めてお客様にミスを報告した。

「ミスは解りました。料金などの事はそちらでカバーしてください」

こんな感じで冷たく返されたんだ。

うん。そして僕は謝罪の後これ以上ミスしないようにお客様に話しかけた。

紙袋六良
紙袋六良

お客様ごめんなさい。大体の事情は聞こえていたのでわかったのですが、僕もお客様と似た体験をしてきたことがあったから、声を掛けるか悩んでしまってミスしてしまいました。こちらからの料金は私が自分で支払いますから安心してください

「おにいさんも私のようになったことあるんですか?」

 

紙袋六良
紙袋六良

はい。僕は本当に全部失くしてしまったし、お客様の立場も解るし、お客様の相手側の気持ちも解ると言うか、きっとこうだったのだろうなと思ってます

1区間余計に走っている最中、僕はお客様と会話した。自分の心と向き合うために……

 

面白い話はできなかった

なんとか目的地に辿り着いてお客様に最後に話しかけた。

紙袋六良
紙袋六良

僕XXさんの後輩なんです

「え!そうなんですか!」

 

紙袋六良
紙袋六良

お客様が面白い話をしてって電話されてるときに言おうかと思ったんですけど、お客様の今の反応をみて面白い話には出来なかったとわかりました。僕の道を間違えてしまった領収書(記録)を持って帰って頂いて、今度お友達と会うときの笑いのネタにでもして下さい

「そうですね、そうさせてもらいます。今日はありがとうございました」

 

紙袋六良
紙袋六良

来年がお客様にとって良い年になるように僕は願っています

お客様は笑顔で車から降りてくれた。

 

苦手な長距離で自腹2000円は痛かったけど、僕が最後にした話は嘘じゃないんだ。お客様は僕の話を信じたリアクションをしてくれた。普通の人は最初、疑ってかかったりするものだ。

それだけで素直な女の子だったって解るからね。

だから余計に気付いてほしくて回りくどいお話をしてしまった。何を話したのかはお客様だけにしかわからないけど、僕が言いたかったのは自分だけを見て責めないで痛がらないでってこと。

生き方は人それぞれ沢山の道があるからね。

そして帰った先のテレビの向こう側では有名なアーティストが、誰かの希望になっている。

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