タクシー業界あるあるで申し訳ないような気持ちだけど、今回はスピリチュアルなお話でもしようと思う。
タクシーは今、ほとんどの会社が手書きの日報と、デジタル日報の両方で作成するんだけど、人数記入が手書きとデジタル日報で違う時があるんだ。
疲れていたからとかもあるし原因はいくらでもある。だけど僕の場合、斎場や葬儀へ向かうお客様、葬儀帰りのお客様の時に人数間違いが多い。事務所へ報告すると「よくある事だから気にしなくても良いよ」と言われて終わるのだけど、いくつかお話しようかと思う。
妊婦さんが乗ってきた時の間違い
この時僕は妊婦さんと気付かないまま対応していたと思う。でもよく考えたら若いのに、ローヒールのパンプスにマタニティを感じさせるワンピースだったから気付いていたのかも知れない。
乗車人数は1人と記入した。デジタル日報には2人と打ち込んでいたみたいだった。しばらくするとお客様が言った。
「すいません悪阻がひどくて・・・・・・窓を開けても良いですか?」

どうぞお好きにお開けください
すぐに返事をして、僕も運転席側を少し開けた。そして信号で止まった時に、僕の自作のエチケット袋を手渡した。
「すいません、ありがとうございます」
何度も言われると苦しくなる言葉だなと僕は思ったけれど、この時にも不安と幸せが混じりあう中にいるお客様に笑顔で声を掛けた。

楽しみですね?初めてのお子さんですか?
「そうなんです。でもまだ私働いていてお金のこともですけど、色々不安で……」

大丈夫ですよ。お金のことなら何とかなります、それよりも生まれてくる子が不安にならないように、考え過ぎないように時間を過ごしましょう
「私……流産してるんです。今回の子も大丈夫かなって不安で」
その時、僕はふと思った。
手書きの日報にはお客様人数を1人と書いたのに、デジタル日報へは2人と打ち込んでいた気がする。

いえ大丈夫です。お客様の不安は無くなりますよ。さっき僕お客様の乗車人数を2人と記入してしまいました。ミスったと思ったのですが、理由が今わかりました。お腹の中の子供もお客様として記入しちゃったみたいです。
「そうなんですか?」

そうなんです。見えてしまったのかもですね
そこからはお客様が不安に思う事を相談されて、その時はこうしたら良いと細かくお話した。目的地に着いた時にお客様がエチケット袋を使わなかったので返してくれた。だけどまだ悪阻が続くかもしれないから差し上げた。
「いろいろありがとうございます」
そう言われて車を降りたお客様の足取りは軽かったように見えた。
事務所に帰るとやはり、デジタル日報には2人と記入してあった。
法事帰りの4人
駅に着けていた時の夕暮れに黒い服装の男女が乗車された。手書きには4人と書き込んだ。男性二人に女性二人である。
「法事の帰りで慣れ親しんだ仲間と、これから家で飲み直すんです」
こんな話を言われていた。

それは賑やかで良いですね
不慣れな道だったのでお客様に道を教えていただきながら目的地を目指した。
あの時はこうだった。この時はこんな事があったと車内で思い出話が盛り上がり穏やかでいて落ち着いた話声が流れていた。
「次の信号長いから右折してくれる?」
そう言われた時だった。
「ウセツハダメ!」
と聞こえた気がした。一度ブレーキして停車した瞬間、右折していたら巻きこまれていただろう事故が起きた。激しい金属音にびっくりして、思わず焦った。

びっくりしたー!
トラックとプリウスが激しく衝突した事故だった。
「運転手さんよく見てたね!危なかったね。助かったよ」
そう言われたのだけど女性の声で、右折はダメだと言われた気がしたんだ。
目的地にやっとたどり着いた時、降車されたお客様は男性2人と女性が1人だった。僕は4人乗車されたつもりでいたのに、降りたお客様は3人だったんだ。
「ありがとう、これからも頑張ってね」
そう言われたときに思ったことがある。あの時の声は誰の声でも無かった気がする……
自動日報には3人と記入されていたのを覚えている。
斎場の裏までお願いします
斎場ってのは人が焼かれて灰になる場所だ。それくらいは知っているけど、それくらいしか知らない。
なのによく斎場の裏までとリクエストされる事が多い地域に、僕はいたりする。
「斎場の裏までお願いします」
今日も言われたこの場所は通る道が狭いから嫌いなコースの1つだった。手書きの日報には1人と記入。当然自動日報も1人になる。
落ち着いた感じの女性のお客様で嫌な気持ちになる事もないだろうと思い車を走らせた。
この近所は騒音にうるさい人がいるから、斎場の裏で止めて歩いて帰るのだとか……

会社の車を早くハイブリッドにして下さいと申し立ててみますね
そんなジョークを飛ばした矢先目的地に着いた。
過去に僕はココで粗相した事がある。トイレが我慢できなくて、この斎場の裏で、即ち立って用を足したのだった。激しい雨の中だったことも覚えてるし、どうせ雨で流れるし誰も観ていないと思い、心の中でごめんよと思いながらナイアガラの滝の水量の如く放水活動をした。
その場所でお客様は降りたのだった。
上り坂をてくてくと歩いていくお客様をミラーで確認し、車内で日報の記入をした。次のお客様を迎えに行こうとした運転席の向こう側には、先ほど降車したお客様が横切る所だった。
降車した上り坂をてくてくと登っていたはずのお客様が、僕の目の前を横切る事に違和感があった。会釈し右にハンドルを切って横切った僕は駅へ戻っていった。
僕の目の前を横切った先には斎場の入り口しかないのだけれど、近所の人がうるさいと言っていたし、歩行者しか通れない道があるのだろうと思い気にしない事にした。
結果その日の日報にエラーが出ていた。
だけど入金処理はできていたから問題にはならない。問題なのは誰がそこまで乗っていたのかだけだった。
「六良君?売り上げがヤバいと思っても自分でお金入れなくて良いからね」
事務所から注意されたのは、営業回数が24回目の営業場所だった。それは斎場裏の目的地で、乗車人数にエラーが出ていたからだ。
入金も記憶があるし、メーターを操作した覚えもあるから不正や失敗の恐れはない。ただお客様が斎場へ帰っただけだった。僕が〇ちションした場所で……
自動日報上では誰も乗っていない事が記録された日だった。
俺の元カノ死んだかもしれないんスよ
ある日の駅、朝方のときだった。
朝一番から遠方は緊張するなと思ったら、そこそこの距離に向かうリア充、即ちカップルが乗り込んできた。
朝のこの時間は高速でも下道でも混むであろうから、お客様にどちらでも混むと思うのでどうするか確認すると、急いではいないから下道からお願いしますと言われたのであった。
無口な彼女に対して、必要な事をしっかりと話す彼氏にバランスが取れていると思いながら、慣れた下道から目的地を目指す事になる。
日報には2人と書き込んでいた。自動日報も2人で記入したはずだった。
「この辺りは震災大丈夫だったんですか?」
サイレンスタクシーの僕だからなのか、走り出したらすぐに彼氏が質問し始めた。
サイレンスタクシーとは=タクシードライバーの方から、話しかけないタクシーのこと。
震災の頃、僕はこの街にはいなかった。近くではあったけれど、この街の住人ではなかったんだ。
けれどこの街がどう変わったのか、あの当時に何が起きたのか説明しながらハンドルを左へ切り、大きくまっすぐな道をゆったりと進んだ。

当時、僕は横浜で違う仕事をしていたのですが、横浜も大きく揺れましたよ。お客様に避難を促して最後まで僕は店内に残っていましたが、死ぬかもしれないなと覚悟しながらおじいちゃんやおばあちゃんの手を取って避難していました
頷きながらあの時はどこも大変だったのだと、そう確かめた彼氏のお客様は続けた。
「大船渡ってわかりますか?俺の彼女そこで連絡取れなくなったんスよ」
大船渡って津波が来てめちゃくちゃになった所だっけか?そんな記憶しかないまま返事をした。

そうなんですね。何となくでしかわからないですけど、当時水とお金を寄付した事は覚えていますよ
「あざっす」
こんな軽い返事の後すぐに彼氏が続けた。
「どんなに真面目に生きていても世の中やったもん勝ちだと思いません?彼女の為に頑張ってこっちに出てきたのに、彼女とは連絡が取れないまま時間が過ぎて、誰の心配もすることなく生きている奴って多いじゃないですか?」
確かにその通りだし、世の中は加害者側に回った方が有利だ。日本の法律上でもそれは解る内容だし、否定はできないなと思っていた。

お客様が悔しくなる瞬間はあったのだろうと思います。だけど悲しい程に人って利己的で自分中心なのは間違いありませんよ。お客様からしたらドライバーなんて誰でも良いですし、自分でなければ被害にあう人は誰でも良いのです。それは今も昔も変わる事無く自然の摂理と言うのはおかしいですが、本当の事だと思います。自分じゃなければ良いが答えなんです。僕もこの後に気付く機会があってドライな感情があるだけかもしれませんが
こんな不毛な、過去を振り返っても意味が無い様なやり取りを繰り返しながら、お客様の質問を答えていた。
けれど僕は思うんだ、今側にいてくれている彼女を大事に出来ないなら、過去の彼女も君もあの時の記憶に縛られたまま戻ってこれないんじゃないのかなって。
「運転手さん熱いっスね!」
そんな事を言われた。けど僕はそのお客様の言う意見は否定的だった。
人間って結局、誰かを利用してやろうと思う黒い感情の中にいる。そう思うから否定的にならざるを得なかった。
人間とは何か?それを考えて人生を踏み違えた生き方をしてしまった。僕はたまにそう思う。感情のまま誰かを踏みにじることはできなかった。
「あいつも生きていたら、今頃俺と一緒になってたのかもな?そんな事を思うんスよ。だけどあれから俺って仕事して寝るだけの時間が続いて、これから長野まで客にキレられるだけの毎日っス。黒い恰好が好きで、他の色を着ることが無かった彼女はずっと俺のことが好きだったのかなって?考えてしまう時もあるんスよね」
今お前の隣にいる彼女も黒い格好だけどなと突っ込む勇気は僕には無かった。
4000円のお代を頂いて見送った後、1日の営業のスタートをいい形で迎えたくらいにしか思っていなかった。
「俺の彼女死んだんスかね?連絡が取れないってそういうことっスよね?」

彼女がもし亡くなっていたとしても、お客様を恨んでいる事はありませんよ。彼女が大事だった事実だけで良いじゃないですか?世の中にはもっとドロッとした思考回路の中で自分を苦しめている思考停止の人間がいます
何でそう言ったのかはわからないけれど、目的地が近いことは知っていた。
「俺これから頑張るんですけど、その先に何があるんスかね?」
答えは簡単だ。

その先は観てるお客様にしかわからないドラマですから、最終回になる頃にはまた、私に会いに来てください
「そうっスね!それ良いっスね!」
最後に笑顔を見せた後、お客様は新幹線に乗り込んだようだった。この時の自動日報は乗車人数1人だった。確かに降車したのは彼一人だったように見える。
あの時の黒づくめのおんなのこは誰だったのかな?僕には関係ないことなのかもしれないけどね。





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